海が見える町  第十話

予約してあった豆腐懐石の店で僕らは食事をした。

この店は友人に教えてもらった店で、すべて個室になっているためデートや密会には適しているという話だった。
デートにはうってつけなのは間違いなかったが、彼女を見ていっぱいいっぱいになってしまった僕にとって、個室で差し向かいは、正直苦しかった。

次々と運ばれてくる料理に対して「これは何だろう?」とか「見たことも無い」とか、そんなことを言うので精一杯だった。
「高木さんはどうしてエスポワールやめちゃったんですか?」
初めて料理以外の話しが彼女から出た。
「どうしてって…」
まさか合コンするためにやめたとはいえない。
「電話で話してて、高木さんエスポワールのこととてもすきそうだったのに、不思議だなって思ったから…もしやめないでいたら一緒に仕事できたのにね。」
「一緒に…」
一瞬耳が熱くなった。この言葉は、彼女が僕と一緒に働けることを望んでいるように聞こえたからだ。しかし、事実は僕がやめたから彼女がエスポワールに来たわけで、一緒に働くということはありえなかったのだが…
「あっごめんなさい、高木さんのほうが迷惑でしたね。私すぐ自分のことばっかり考えちゃって。友達にもよく言われるんですよ。志衣はわがままだって。」
「いや、わがままじゃないよ。自分の思ったことを素直に言えるってことだと思う。すごくうらやましい。それに、全然迷惑なんかじゃないし…」
「ホントですか~?高木さん優しそうだから、ついつい甘えたくなっちゃいますよ。あっ飲み物きれてますね。私頼んできます。」
そういって彼女は部屋から出て行った。
一人部屋に残された僕は、彼女の”甘えたくなっちゃいますよ”の部分が、何度も何度もエコーのようにめぐっていた。
きっと気持ち悪いくらい顔はにやけていただろう。

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